15年後のモニグロ-after Morning Glory-

30代2児の母が10年前のネットを懐かしんだり思いをつづるブログ。

移り変わるインターネットでの私の居場所

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BLOGに飽きてきたというそんなことはないですよ。はい。スミマセン。
明けましておめでとうございます。
 
下書き記事もったいないので仕上げていきます。

居場所の移り変わり

 
モニグロ、その後の個人サイトを閉鎖してから
ネット離れできたかというと全くで、
 
あんなに毎日いたふみコミュニティに通わなくなってからも
 
mixiからアメブロ
Twitter
Facebook そしてInstagram
時代の移り変わりとともに住処を変えてしつこく生存してました。
ブログはその都度やってたな。
荒らしから逃げてJugemに引きこもっていた。
 
というわけで、
この15年間で見てきた変化していく居場所について考えてみようと思う。
 

交流サイトから、ソーシャルネットワーク

 
 ふみと同じような時期に、よく似た交流サイトというのは
多数ネットに存在した。
 
わたしの知ってるとこだと有名なサイトでだいちゃんち、OOPS!、、などなど。
今自分で書いて懐かしさにはげそうになった。
 
小さいものも無数にあり、個人運営のサイトも多かったかと思う。
 
基本は掲示板やチャットでコミュニケーションをとるタイプ。
学校のような場所で、ひとつの場にみんなが集まってくる。
 
見えるものはみんな同じ、入る場所も。
自分を主張するものはHPや前略プロフを使って提示する。
 
そこでそれに訪れたりと、いろいろな人間模様が描かれていく。
 
・・というような場所だった。
OOPSとかなつかしい。(まだ言ってる)
 
ふみの人たちで特攻しようぜ!!って行ったけどリア充まぶしすぎて
しょぼーんってふみに帰ってきた記憶がある・・・。w
 
 

mixiから広がる「それぞれ違うものを見ている」空間

 mixiからSNSに入った人も多いと思う。
交流サイトとSNSの圧倒的な違いは、「見ているものがそれぞれ違う」こと。
 
同じ場にいてもマイミク、友達、フォロー
 
ソーシャルネットワークでは人それぞれの輪を個々に作る。
自分でカスタマイズしたものだけを表示することができるようになった。
トップページに現れるのは自分の見たい人の近況だけ。
 
自分の観たいものを、観たいように。
 
ネットでの交流にSNSが本格的に使われるようになる頃、
 
同じ情景を見る人はいなくなった。
 

 コミュニケーションの効率化

 

自分で自分の見たいものだけを選べるようになると、コミュニケーションはより効率化した。

一つのサイトで自分のページが持てることで、行き来もしやすく仲良くなるステップも短縮された。

 

もうサーバーをかりてきてHTMLで自分のページを作らなくても

十分に交流が出来る場ができていった。

 

でも、やっぱりみんな寂しい?

 

例えばTwitterで少し前に話題になったタグ、ご存知だろうか。

#インターネット老人会 というもの。 

 

そこでは今私が書いたようなBBSやチャットのことなど

世代はさまざまだけども昔のインターネット交流について懐かしむ人がたくさんいる。

 

みんな口をそろえて「あの頃はよかったなぁ・・」とか言っている。

昭和の人がいう白黒テレビ懐かしむやつやん。しんちゃんのモーレツ大人帝国か。

あれいいよね。めちゃくちゃ泣く。私もたまにブラウン管なつかしくなる。

 

一つの集団を離れ一人で自由になる。

会社を辞めてフリーランスになる、とよくにた状況なのかもしれない。

 

みんながみているBBS、チャット文化を離れ、

自分で自由に作れるタイムラインへ。

 

便利で、効率的で、わかりやすく見やすい。

集団は、めんどくさくて不自由で思うように動けない。

それでも時々集団だったあの頃を思い出して寂しくなるのだ。

 

何かに属さない存在は、時々不安になる。

人間が、家族が欲しくなるのと同じ現象ではないかと勝手に思っている。w

 

絶対にこっちのほうがいいのはわかってるけど、なんか寂しい。

 

なんでも自由に、自分でできる今の時代にはSNSはがっちりはまってるんだろう。

 

実際若者たちは何の違和感もなく使ってるから・・・

やばい若者視点になれてないということかこれ・・・

 

でも私チャットとか掲示板やりたいな。今。

自分のフォローしていない新しい人との出会い。たまにほしくなる。

ここに作ろうかしら。w

 

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