15年後のモニグロ-after Morning Glory-

30代2児の母が10年前のネットを懐かしんだり思いをつづるブログ。

20代の軌道修正

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自分語りの回です。
花愛の名前を封印してから、15年間。今までの話。

 

フラフラしてなんでも誰かが助けてくれていた10代から
自分のことは自分で責任持って動かないといけなくなる20代に突入した頃。

自分の人生で一番激動だったのではないかと思う。

 

酒とともにある20代

20歳そこそこはまだまだ遊びまくり、遊びまくり、遊びまくり・・・
飲んで、飲んで、飲まれて、飲んで・・・・・・・・

 

寝酒に、カラオケ、居酒屋で、
どこでも飲んだ。そこに酒がある限り。

 

日本酒が好きであつかんを何合も飲み酒乱という称号を与えられていた。

 

寝酒はワンカップとキューリのキューちゃんだった。
完全におっさん。

 

見た目も今のようなナチュラル系じゃなくて

バリバリ攻め系ギャルみたいなのが流行ってたので
エクステ・カラコン・コテで巻きまくり。

攻めてた。

 

でも仕事がんばってた。

メイクの勉強しながら仕事もして。

 

実力を認められて正社員になって、責任ある立場にもなった。

 

山あり谷あり、谷しかない22歳

そこに行くまでに、一度精神的な病気を患った。1年間ほど。

頭はボサボサ、

当時細さ命で全剃りしていた大事な眉毛は父親ゆずりの四角い形になり、
ボロボロのパジャマを着て家でうなり続けた。

 

薬の治療と、とてもいいお医者さんとした認知療法
あとちょっとしたスピリチュアルな体験のおかげで

1年間で外に働きに行けることになったけど

 

結構壮絶で、何もかも失った気がして、

 

辛かった。

 

いいお医者さんに出会えるまでは病院を何個も回ったし、

最低なことを言われたこともあった。

 

ずっと足元しか見れないままのカウンセリング、

 

 

最後の診察の日、はじめて先生の顔を見上げることができた。


お医者さんと、


家族と、

ペットと、

友達にとても支えられた1年間だった。

 

立て直しを何度も経験した20代

20代ほど、軌道修正をしまくった10年間はそうそうないだろうと思う。

私の人生では。

 

仕事を辞め、転職、うつ病パニック障害により無職、短期バイトからのスタート。

 

自分がやりたいことはなんなのか。
自分はなんなのか。

 

キャリアを詰んでいく同世代が羨ましく思えた。
きらきらと眩しく、自分もそこへ行きたかった。

 

でも自分への誇大評価は高く、無駄なプライドが邪魔をする。
それが余計に自分を苦しめる。

 

できるはず、できるはずなんだ・・
どうしても、
やりたい。

 

死にたいと思ったこともあり、救急車に運ばれたこともあった。

どん底だったなと思う。


短期バイトをリハビリとして始めた。
そこから一気に立て直しができた。

 

仕事場=仕事をするだけ という認識だったのが大きく変わっていったのは
はじめて職場で友達ができたからだった。

 

職場で友達ができるって、よく考えてみると今まであまりなかった。

仕事は仕事。
プライベートはプライベートってわけていたから、深入りしたこともなく。

 

職場での友達は楽しかった。

 

「仲間と働く」という認識は、仕事への関心を一気に高め、
もともと、仕事は好きなんだけど、さらに好きになれた。

 

「私がしたいのはこの仕事だから、他のことなんてしたくない」

 

そう思っていた価値観がいい方向に崩れて、全ての働きにやりがいを感じた。

 

夫ともその頃に出会った。
きっとキラキラ輝いてたんだろうね(自己評価高い)

 

夫との出会いから一気に上昇

夫のおかげみたいに言うのは癪だけど、

正直出会ってからは色んなことがとんとん拍子に進んだ。

 

付き合ってわりとすぐに同棲することになり、
厄年の関係でとりあえず籍入れといたら?て身内に言われて2年弱で入籍。

 

1年後に式をして、
その次の年には1人目産んでた。
で、2人目、
家を建てて、
私は独立。

 

喧嘩もするし、色々あったけど
やっぱり家族はいいな、ってそう思う。

 

やりたいことをやらせてもらっているし。
理解ある夫。っというか勝手にやってろ精神なんだろうけどw

 

振り返ってみると、1人の力では何もできなかった。
極端な話死んでたかもしれないと思うこともある。

 

救急車に運ばれた時は、当時遠距離だった彼氏が救急車に電話してくれたから助かった。・・んだったかな。。

 

あまりその1年間の記憶がなくて覚えてないけど、そういうことにしとこう。

 

仕事に対する姿勢も、信頼できる職場の友人・仲間がいたから。

接客業への思い入れも、ありがとうと言ってくれるお客様がいたから。

 

落ち込んだ時には、友がいて、
家族がいて、

今は夫がいて、子どもたちが居る。

 

いつも誰かに支えられて生きてきた。

 

自分が落ち込んだり、何もかもなくしてしまっても、
ゆっくりどうすればいいのか考える余裕があった。


それはひとりでは決してできなかったことだ。

 

軌道修正は人とのつながり

 

綺麗事いうなよって、思う人はいるかもしれないけど。

 

ネットでのやりとりでよく思う。
ツイッターで延々と不毛なリプライかましまくってる人とかいるじゃない。

 

意見の押し付け合いというか。

 

でも、自分の意見を相手に押し付けようとしてもそれは無駄な行為なんだよ。
聞く姿勢が出来ていない人に何を言っても響かない。

 

自分がまず、「聞くこと」「自分の考えが甘かった時は、きちんと認めること」

これができないと軌道修正は難しい。

 

間違ってない!!!私は正しい!!!

 

そう思っているうちは、変わることはできないし人の意見も聞こえない。

 

どん底にいる人間が、そういったところで現状は変わらない。
変わらなかった。

 

間違ってたんだ。

そう、私がやっていたことは間違っていた。

 

友人は、仲間は、家族は、どんな考えを持っているだろう?

 

あるいは本や、ネットの記事でもいい。
いろんなひとの考え方を読んでみよう。

 

身近な人や自分と全く違う人生を歩んだりした人が見てきた世界で
創られた考え方に触れてみるんだ。

 

それから、自分で閃く。

そうして自分の道筋を整え直すことができる。

そこではじめて、スタートに立てた。

 

 

これから先、くじけることやどん底に落ちることもあるかもしれない。

 

だけど、私はまたそんなときはそうやって人と触れ合い
自分の考えを感化させて生きていきたい。
・・・・と思う。

 

 

 

 

アイキャッチ画像がだんだんめんどくさくなってきました。

夫が先日の誕生日で作ってくれた夕ご飯の前菜です。内容とまったく関連性はない。

 

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